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民法2章8  善意・悪意・過失

16 善意・悪意・過失
 前項の心裡留保の説明のところで、相手方が真意を「知っていた」場合の話が出てきましたが、この「知っていた」ということを法律用語では、「悪意」といいます。

 日常用語では「悪意」というと、「悪意に満ちた」という表現があるように、悪い感情を示す嫌な意味に使われます。しかし、法律用語の「悪意」には、そのような意味はなく、単純に事実を知っているということだけを指します。

 悪意の反対で、単に事実を知らないことを法律用語で「善意」といいます。この「善意」という言葉にも、悪意と同じように、善良なという意味は含まれていません。単純に事実を知らないことだけを指します。

 一定の事実を認識しなかった場合に、不注意があることを「過失」といいます。

たとえば、Aさんが真意ではないのに「自分の土地を一〇〇〇万円で売ろう」と意思表示したのですが、日頃からAさんはこのような冗談をよく言うことをわかっていながら、Bさんがこれを軽率に信じた場合、BさんはAさんの真意につて善意だけど過失があることになります。
 

少しややこしいのですが、過失には二段階のものがあります。ふつうの過失(「軽過失」ともいいます)と重大な過失(略して「重過失」といいます)です。これは、不注意の程度による区別です。だれにでもありがちな不注意が軽過失で、不注意の程度がひどくあまりにもお粗末な場合が重過失という感じです。

 過失を軽過失と重過失に区別するのは、民法では例外的です(商法では、軽過失と重過失を区別するのが原則的ですが)。民法では前述の錯誤のところで、重過失が出てきましたが、それ以外ではほとんど出てきません。

 以上のことからすると、軽過失と重過失を区別するケースにおいて、事実の認識に関する心理状態には、次の四段階が存在することになります。

すなわち、①善意無過失(善意でしかも全く過失がない状態)、②善意軽過失(善意だけど軽過失があるものの重過失はない状態)、③善意重過失(善意だけど重過失がある状態)、④悪意、の四つです。ある者の保護が問題になる場合は、①の善意無過失が最も保護され、順次保護の程度が下がっていき、④の悪意は最も保護されないという関係になります。

 これに対して、軽過失と重過失を区別しない場合は、事実の認識に関する心理状態としては、①善意無過失、②善意有過失、③悪意、の三段階があることになります。軽過失の場合も重過失の場合も、過失があることには変わりがないので、②の善意有過失に含まれます。

 これでもう、善意・悪意・過失という用語の使い方は大丈夫だと思いますが、念のため、前述の心裡留保のところを用語を使って説明し直しておきましょう。

 心裡留保について結論部分を示すと、「心裡留保による意思表示は、その意思表示が本心ではないことについて、相手方が善意無過失であった場合は有効とされるが、相手方が悪意であった場合および善意有過失だった場合は、意思表示は無効とされる」ということになります。

17 無効と取消し
 これまで勉強したとおり、制限行為能力者、詐欺、強迫の場合は取消しですが、心裡留保、虚偽表示、錯誤、公序良俗違反は無効でした。同じく意思表示の効果を否定すべき場合でありながら、取消しとなる場合と無効となる場合をなぜ区別しているのでしょうか。

 まず、前提として、無効と取消しは法律的にどこが違うのかを押さえておきましょう。
 無効の場合、文字通り意思表示は効力を有しません。これは当事者が無効を主張してもしなくても、同じです。

 これに対して取消しの場合は、当事者が取り消すまでは、その意思表示は一応有効で、取消しを主張してはじめて効力が失われます。そして、取り消すと、意思表示ははじめにさかのぼって効力が失われます(民法一二一条)。取消し後は無効と同じ状態になりますが、取消し前は無効の場合と異なっています。

 なぜ両者を区別するのかという疑問を解決するキーワードは、「意思表示をした者の保護」ということです。同じく意思表示の効果を否定する手段である無効と取消しのうち、意思表示をした者を保護すべき場合にだけ「取消し」としたのです。

 「取消し」とは、ある者を保護するために法律が与えた武器(あるいは防具)というふうに理解すればよいでしょう。前述のように、取消しとなるのは、制限行為能力者、詐欺、強迫の三つの場合でした。未成年者など判断能力が不十分な制限行為能力者、詐欺・強迫の被害者と、いずれも保護してあげるべき存在です。

 これに対して、無効とされる心裡留保、虚偽表示、錯誤、公序良俗違反の場合、意思表示した者を保護すべきとはいえません。全部、意思表示をした本人が悪いという感じです。

 本人の保護という目的からすると、無効より取消しのほうが優れています。なぜなら、制限行為能力者・詐欺・強迫の場合でも、結果的に契約の内容が本人にとって不利とは限りません。

「だまされて売ってしまったけど、金額に不満はない。このまま契約を有効にしてもいいや」というケースもありえます。取消しの場合、不利なら取り消すが、不利でなければ取り消さず有効なままにするという選択の余地が与えられます。しかし、無効なら選択の余地はありませんね。

 ここまでの話が理解できれば、もう、どの場合が無効でどの場合が取消しかという問題は、バッチリでしょう。

 それから、取消しをすると、意思表示をした時にさかのぼって効力が失われる点に注意してください。取消しの時からではありません。

 これも意思表示をした者を保護するためです。たとえば、AさんがBの詐欺によって、時価三〇〇〇万円の土地を一〇〇〇万円で売却する契約をしたとします。そして、AさんがBに土地を引き渡したあとになって、詐欺に気づいて意思表示を取り消しました。

 もし、取消しの効果がさかのぼらないとすると、取消し前に行った土地の引渡しは有効です。つまり、せっかく取り消しても、土地を取り返すことができず、詐欺の被害者が保護されないことになるのです。

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