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「不動産業の歴史入門」3 蒲池紀生

「不動産業の歴史入門」 蒲池紀生
  定価1785円

7 「不動産」は外国語からの翻訳造語

 今日では「不動産」という言葉はごく普通の日常語になっていますが、明治以前にはこの言葉はありませんでした。「家屋敷」、「地所家屋」などの言葉が使われていたのです。「不動産」という言葉は、明治初期の外国語からの翻訳造語で、2つの所説があります。

①フランス語から――1870(明治3)年から太政官法制局で民法編さんが行われたとき、箕作麟祥(わが国法学博士第1号)がフランス民法を翻訳して参考としましたが、そのなかでフランス語の「アムーブル(動かないもの)」を「不動産」と訳しました(不動産業者の榎本芳之助さんの所説)。

②オランダ語から――1872(明治5)年、文部省が発行した神田孝平(政府・制度寮の権大内吏)訳『和蘭邑法』(「オランダ地方法令」の意か)に「不動産」の語がみられます(日本不動産研究所調査役〈当時〉門脇淳さんの所説)。
 

仏・蘭いずれの言葉からの翻訳にしろ、明治初期のわが国の新しい法令整備に際して生まれたわけです。そして、明治以前の「家屋敷」「地所家屋」などよりずっと広い意味・内容をもった法律語として、今日まで130余年の歴史を重ねてきています。

 この間に、不動産をめぐっては、いろいろな問題もあり、一面では“あまり清純でないイメージ”を伴い、残念な状態もみられます。不動産の正しいあり方を追求し、不動産業の適正な発展を図り、“不当な汚れイメージ”を一掃したいものであります。


8 不動産業者のルーツ ― 1

 個人業者ないし中小業者、さらには不動産会社として、明確な“看板”(あるいは“社名”)を掲げた不動産会社の出現は、明治時代にあっても、中期ごろからとみられますが、それ以前でも、実質的には不動産業の仕事をしていた人、あるいは本業は別にあっても、不動産関連の仕事が半職業化していた人たちが活動していたようです。こうした“不動産業者のルーツ(源流)”としては、次のような人たちが考えられます。

①町内の有力者・世話役――江戸時代の前身は「町名主・五人組」などの町役人か、その流れを汲む人たちであり、かつては土地売買などに立会・保証人として関与した経過もあるので、明治以降も、近隣の人たちなどから、不動産売買・貸借の世話を依頼されることがあり、その“世話活動”が職業化したものといったコースが考えられます。

  また、貸家(家作)持ちの人から貸家管理を頼まれて、管理をしながら、空家になったときの入居者のあっせんなどを手がけるようになる人もいました。こうした人は、自分も資金を準備して貸家を建て、貸家の経営・管理、入居者募集などに業務を広げました。

②個人金融業者・小規模銀行――融資に際して不動産を担保にとったりすることから、不動産との接触が多く、融資先が借入金を返済できないときは、担保不動産の所有者となる場合もあります。そうした不動産を処理(売却、経営など)しなくてはならないことになり、不動産市場に参入することとなります。

こうした経緯で不動産業兼業となり、やがては不動産業のほうが主業となる事例もありました。


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