2009年4月アーカイブ

「不動産業の歴史入門」13 蒲池紀生

図解不動産業シリーズ
「不動産業の歴史入門」 
蒲池紀生著
住宅新報社刊
定価1785円(本体1700円)

 

26 家賃より安い月賦金 ― 池田住宅地
池田室町住宅地の分譲は、箕面公園の紅葉のシーズンに合わせて始められました。このとき『住宅地案内――如何なる土地を選ぶべきか、如何なる家屋に住むべきか』という小冊子をつくり、大阪の人々に広く配布しました。分譲地パンフレットのはしりです。

 小冊子はまず「池田室町住宅地」のもつ「天与の恩恵ある自然条件」をとりあげ、加えて次のような施設の完備を強調し、この「住宅地」こそ「理想的住宅地にピッタリ」としています。 

①完全なる道路を設け両側に樹木を植ゆること。②一戸建ての住宅を建築すること。③庭園を広くすること。④電灯の設備あること。⑤溝渠下水等衛生施設を十分ならしむること。⑥会社直営の購買組合を設け、物資の供給を廉売ならしむること。⑦娯楽機関として倶楽部を新築し、玉突台其他の設備を完全ならしむること。⑧公園及び花樹園を設け花奔盆栽園芸趣味を普及ならしむること。⑨床屋、西洋洗濯等日常必要なる店舗を設置すること。

「相続コーディネート入門」7 曽根恵子

図解不動産業シリーズ
「相続コーディネート入門」 
曽根恵子著
住宅新報社刊
定価1785円(本体1700円)

 

 2 相続税は安くなる。評価を下げれば節税できる
 「もう少し相続税が安くなれば......」とは、誰もが思うことでしょう。簡単ではありませんが、取組み方によって、"相続税は安くできる"のです。

 相続税は、亡くなった日から10カ月以内が申告期限ですから、その間に亡くなった日の財産の評価をします。財産は亡くなったあとからは変えようがなく、物理的には増やすことも減らすこともできません。それでは相続税が安くできるわけがないと思えるでしょうが、現実には相続税は安くできるのです。

 では、どうすれば相続税が安くできるのかというと--。
それは、"申告の評価を下げる"ことだといえます。評価を下げれば相続税も下げることができるからなのです。

 どういう財産が評価を下げることができるのかというと、主なものは不動産です。不動産のうち、土地の評価の仕方は一つではなく、いくつかの方法があります。不動産自体も個々に状態が違うことから、一つひとつの評価や価値が違って当然といえます。

「不動産業の歴史入門」 12 蒲池紀生

図解不動産業シリーズ
「不動産業の歴史入門」 
蒲池紀生著
住宅新報社刊
定価1785円(本体1700円)

 24 住友は大阪でも新田を取得・経営
住友は、新居浜地区だけでなく、大坂でも新田(開墾田)を所有・経営していました。
 住友は1728(享保13)年、大坂の山本新田(1704=宝永元年開発、約64 ha)を取得していました。旧所有・経営者の加賀屋(大坂)が、この新田を担保に住友から巨額の融資を受けた後、それを返済できず、住友のものになりました。

 この土地は江戸時代には綿作地として有名でしたが、明治時代になると、国産綿は外来綿(輸入綿)に押されて、蔬菜栽培地に転換しました。さらに、この新田の近くにも電車が走るようになり、また、近くに府立高等女学校(現・女子高校)が設立されたりして、急速に宅地化したということです。

住友は、こうした土地環境の変化により、新田の南半分約32 haの一部を学校関係に寄付、一部に住友各社の厚生施設を設け、さらにその残りを住宅地として分譲しました。また、北半分の約28 haは関西急行(現・近鉄)に譲渡しました。

「不動産業の歴史入門」11 蒲池紀生

図解不動産業シリーズ
「不動産業の歴史入門」 
蒲池紀生著
住宅新報社刊
定価1785円(本体1700円)


22 三井初期の不動産業務は家産管理
三井は、その源流が呉服店(三井越後屋呉服店=三越)という商業資本であったことなどから資金を固定させず、できるだけ速く回転させることを基本方針としていました。

それで、前記の2つの洋風建築(自らの店舗=ハウスと銀行)は別として、山林、鉱山、不動産一般などに投資して資金を長期固定させることは"商人の本スジ"にはずれるという考え方があったのです。

 しかし、明治時代の進展とともに、こうした考え方を固執できないような事情にもなってきました。明治中期になると、政府は産業開発などに関して財閥への依存度を強め、三井も鉱山(三井鉱山)、山林、不動産に投資せざるを得なくなり、また、三井の内部でも、こうした資産の運用に対する関心や意欲が高まってきました。

 三井は、その営む各事業の統合的運営を図るため、1909(明治42)年、三井鉱山合名を三井合名に改組し、鉱山部門は三井合名鉱山部としました。そして、三井合名は三井の各事業をコントロールし、三井銀行や三井物産(いずれも合名会社)の株の持株会社となり、そのほか、"三井家の家産管理"の仕事も担当しました。

 当時の三井家(本家以下11家ありました)の家産のうちの不動産の主なものには、三井銀行の兜町の土地、三越・鉱山・物産の本拠の駿河町の土地、三井家の墓所、三井家に牛乳を供給する牧場、同草花を供給する農園・温室などがありました。

このほか、神田の須田町・神保町、三田の四国町などで住宅の建っている土地(金融の担保流れで三井家のものとなったもの)、岐阜県の山林などもありました。

不動産ビジネストレンド

 

「待てば買い時くる」

値下がり期待が67%

住宅購入者意識調査  

住宅の楽待        殿岡秀秋

 

 

住宅購入に強い意欲を持つ人では、「もう少し待てば、買い時が来ると思う」と考えている人が67%を占めていて、さらなる値下がりを期待している。

これはインターネットで逆オークションサイトを展開する「住宅の楽待」がアンケート調査してわかったもの。

 今は買い時だと思うと考えているのは27%で、買い時は過ぎていると思うというのは6%だった。

 希望する物件価格は3000万円台が30%で、2000万円台が27%、2000万円未満が20%だった。

2007年の平均分譲価格が約3千8百万円台だったので、希望者の多くは手が届かない。住宅の買い手は更なる値下がり期待を持っていると思われる。

 

「相続コーディネート入門」6 曽根恵子

図解不動産業シリーズ
「相続コーディネート入門」 
曽根恵子著
住宅新報社刊
定価1785円(本体1700円)

 

11 まずは相続に取り組んでみる
 「相続コーディネーター」の役割は、ご理解いただけたでしょうか?
 あれこれ考えるよりは、まず実際に取り組んでみることで、自分なりの「相続コーディネート」のあり方、進め方を作りだしていただければよいと思います。それが不動産業としての仕事作りのきっかけにもなります。

 なにより、大家さん、地主さんに近いという立場を活用していただければ機会は訪れるでしょう。
 「○○さんが亡くなった」というときには、「相続をコーディネートするので、お任せください」と、声をかけてみましょう。

  「おつきあいの少ない税理士や信託銀行に任せるより、普段からつきあいのある私に任せたほうが一生懸命に取り組みます!」ということです。
 基本は、「相続人の利益のために成果を出す」ということになりますが、それを普段から伝えられるような努力は必要でしょう。

 しかし、相続をビジネスとして儲けようという考え方では、相続手続の実務者として選択してもらえません。
 利益優先の相続ビジネスでは得られない信頼関係があればこそで、さらに相続のときに「相続人のために成果を出そう」という取組みで信頼を積み重ねることができれば、仕事につながります。 

 ノウハウは取組みのなかで蓄積されると思いますが、困ったときはセカンドオピニオンとして私や相続に強い専門家と協働することも可能です。

 まずは、勇気を持って取り組んでみましょう。

「不動産業の歴史入門」10 蒲池紀生

図解不動産業シリーズ
「不動産業の歴史入門」 
蒲池紀生著
住宅新報社刊
定価1785円(本体1700円)


20 約35万平方mの丸の内払い下げは150万円
順序は逆になりますが、三菱が丸の内の土地約35万平方m(神田三崎町の練兵場を含む)を、陸軍省の払い下げを受けて入手したのは1890(明治23)年3月でした。

当時の陸軍省は"富国強兵"策遂行の費用に乏しく、この払い下げを行ったのであり、三菱の総帥・岩崎彌之助さんは、"国家とともに生きる財閥"の使命に燃えて、陸軍省の希望に応じた、といわれています。

その土地代は総額150万円とされており、1坪当たり10円以上という、当時ではかなり高い買物で、三菱としても一大英断を要したものだったようです。

 丸の内一帯には明治以前は大名屋敷が並んでいたのですが、1872(明治5)年の大火で焼けてしまい、さらに、陸軍兵舎などの移転後は草茫々の野原になっており、三菱のものになって以降、人々は"三菱が原"と呼んでいたとのことです。

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