◆第3節 不動産の鑑定評価
まず,前回の続きの部分から「不動産鑑定評価基準」の原文を見てください。
このように一般の諸財と異なる不動産についてその適正な価格を求めるためには,鑑定評価の活動に依存せざるを得ないこととなる。
不動産の鑑定評価は,その対象である不動産の経済価値を判定し,これを貨幣額をもって表示することである。それは,この社会における一連の価格秩序の中で,その不動産の価格及び賃料がどのような所に位するかを指摘することであって,
(1)鑑定評価の対象となる不動産の的確な認識の上に,
(2)必要とする関連資料を十分に収集して,これを整理し,
(3)不動産の価格を形成する要因及び不動産の価格に関する諸原則についての十分な理解のもとに,
(4)鑑定評価の手法を駆使して,その間に,
(5)既に収集し,整理されている関連諸資料を具体的に分析して,対象不動産に及ぼす自然的,社会的,経済的及び行政的な要因の影響を判断し,
(6)対象不動産の経済価値に関する最終判断に到達し,これを貨幣額をもって表示するものである。
冒頭の「このように......得ないこととなる」という文章は,これ以前の記述の結論的部分を示したものです。他の財産と比べて不動産は特殊性があるので,鑑定評価によらないと適正な価格が分かりませんよ,ということです。
続いて,不動産の鑑定評価は,不動産の経済価値をお金の単位で示すことだという,当たり前のことを述べたうえで,不動産の鑑定評価がどのようなプロセスで
行われるかを概説しています。この部分はさっと読み流しておいてかまいません。今は,鑑定評価は,きちんと手順を踏んで行う必要があるということだけ押さ
えておけば十分です。
鑑定評価のプロセスに関する具体的な中身は,「不動産鑑定評価基準」の最後のほう(第8章鑑定評価の手順)で詳しく説明しており,そこを勉強してからでないと,この6段階のプロセスを理解することは困難だからです。
この判断の当否は,これら各段階のそれぞれについての不動産鑑定士の能力の如何及びその能力の行使の誠実さの如何に係るものであり,また,必要な関連諸資料の収集整理の適否及びこれらの諸資料の分析解釈の練達の程度に依存するものである。
したがって,鑑定評価は,高度な知識と豊富な経験及び的確な判断力を持ち,さらに これらが有機的かつ総合的に発揮できる練達堪能な専門家によってなされるとき,初めて合理的であって,客観的に論証できるものとなるのである。
不動産の鑑定評価が適切に行われるかどうかは,その鑑定評価を行う不動産鑑定士の能力等によるということを述べています。高度な知識,豊富な経験,的確な判断力などの専門家としての熟練した能力のほか,誠実さにも言及しています。表現は難解ですが,内容は常識的といっていいでしょう。
不動産の鑑定評価とは,現実の社会経済情勢の下で合理的と考えられる市場で形成されるであろう市場価値を表示する適正な価格を,不動産鑑定士が的確に把握する作業に代表されるように練達堪能な専門家によって初めて可能な仕事であるから,このような意味において,不動産の鑑定評価とは,不動産の価格に関する専門家の判断であり,意見であるといってよいであろう。
それはまた,この社会における一連の価格秩序のなかで,対象不動産の価格の占める適正なあり所を指摘することであるから,その社会的公共的意義は極めて大きいといわなければならない。
1つの文が長くて読みづらいですが,述べられている内容はそれほど難しくはありませんね。要点は,不動産の鑑定評価は専門家によって行われるものであり,社会的公共的意義が大きいということです。
ただ,この部分は,次のような点を意識して書かれていることを知っていると,より理解が深まるでしょう。
不動産鑑定士による不動産の鑑定評価のほかにも,不動産の価格が評価されることがあります。①相続税や贈与税の計算に用いられるいわゆる路線化式評価,②損害保険の目的である建物の保険価額の評価,③建築士法による建築事務所の業務として行う建物の評価,④企業会計における減価償却費の算定,などです。
これらは,一般的に,与えられた資料を一定の算式にあてはめて計算することにより機械的に価格が求められています。「鑑定評価」と区別する意味で「算定評価」などと呼ばれています。
「鑑定評価」と「算定評価」とで大きく異なるのは,過去の推移や将来の予測,あるいは,地域の特性や市場性などに関する扱いです。「算定評価」はこれらの点をほとんど考慮しませんが,「鑑定評価」はこれらの点を十分に考慮したうえで行われます。
「不動産の鑑定評価とは,......専門家の判断であり,意見である」という部分は,上記の点を意識した表現です。「算定評価」は,必ずしも専門家が行うものではありませんし,将来の予測等の「意見」的な部分はないからです。



